(impact) オモウハマネク

~1%のチャンス、10%のチャンス~

3年ほど前に、尊敬する行政書士同胞に、「10%以下のチャンスしかない」といわれた在留申請に着手した。無謀と言われた。

クライアントの彼は、在留資格「家族滞在」で滞在中に結婚して、「日本人の配偶者等」の在留資格を得たが、2年足らずで離婚することとなり、子どもの親権を巡る離婚調停中に在留資格を失っていた。裁判中との考慮を得て、「短期滞在」(90日)の在留資格を付与されていたが、次回「短期滞在」の更新は不可との言い渡しをうけていた。通常、離婚に関わる裁判の原告となっているだけでは、在留は認められない事が多い。代理人を通じての裁判進行が可能であるためだ。

「家族滞在」の在留資格は、就労系の在留資格を付与されている外国籍の親に扶養される実子、養子等に資格該当性が見いだされるのだが、一旦結婚して、生活能力を得たと認定された後には、「家族滞在」の被扶養者にもどることはできない、とされている。(さらに、本件では、扶養者であった外国籍親は、彼が「日本人の配偶者等」の在留資格を得たのち、絶妙のタイミングで「永住者」を取得していた。したがって、すでに「家族滞在」の該当性もなくなっていた。)

彼の外国籍親が、日本人と婚姻しており、彼と両親の3人は、彼の結婚までの10年近くを日本でいっしょに生活していたが、いわゆるステップファミリーであって、彼と義理親との間で養子縁組は結ばれていなかった。(尚、養子ビザの場合も年齢の制限がある。)
また、日本人と婚姻し一定の期間、相互扶助関係を維持して本邦で生活した場合に特別に考慮されうる「定住者」のビザに関しても、婚姻期間が短かった。

資格該当性が見当たらない。
つまり、’あてはめる枠’となる在留資格がないのだ。

’10%のチャンス’・・・・これが意味するものは「どうせむり」「申請しても無駄」という見解。

不可能への着手。

申請は、これまでの在留歴を訴求して「定住者」(特別に在留を認める事情ありと思料)に的を絞った。しかし、現行の法制では’資格該当性’(ビザの枠)を認められていない。
できる限り詳細かつ具体的な資料をそろえて臨んだ。
本件は、地方入管から本庁への進達という特別な配慮を得て審査していただいたが、結果は不許可であった。(この際の審査には本当に感謝している。)

依頼人の流した涙は、今も自分の心に刺さっている。

彼の希望する結果を得ることはできなかったが(規則がそうなのだからもともと無理だ)、「短期滞在」の更新は、裁判が終了するまで、以後何度でも認められることになり、ほんの少しの勝利はあったと思っている。(依頼人には’勝利’などと言えるまいが、以降の身の振り方を考えてもらう時間は獲得できたと考えている。)

許可か、不許可か。
100かゼロか。

申請の結果はそれしかない。

しかし、本質の点ではそうでないところがある。あると信じたい。
そうでなければ、’人が人のために取扱う業務’ではないだろう。

【日本になんとか残る】事だけが、幸福への道ではないとわたしは思っているが、’やれることはすべてやった’と思えるだけの努力は、きっと、未来への力を作ってくれるとも考えている。

だが、正直、この事案以来、「不許可想定の事案はやらない」とも決めていた。
自分にとって精神的な疲労が大きいのも事実だからだ。
同胞の誰も、それに異議を唱えるものはない。
むしろ、「あたりまえ」「不許可想定の事案にかかわるのはキチガイ」がこの世界では常道だ。



今日、縁があって植松努さんのスピーチを拝聴した。
「ドウセムリ」にもう一度、挑戦しようと考えている。



前述の事案でなく、今度は、1%のチャンス。

ずっと避けてきて、これからも、なるべくは避けて通るつもりだけど、5年に1回くらいは「ドウセムリ」に挑んでもだれも文句は言わないだろう。
笑いはするだろうが。



1%のチャンスあり。
人が人のために遂行する業務。


でも、間違えないでいただきたい。
この後は、また、5年後。
ご無理な事案は、原則、丁寧なアドバイスを添えてお断りしている。
















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